起業する?成功/失敗各5選お薦め業種NO.1

お金儲け

●脱サラし起業 20年経ちました

オーリーが起業したのが2000年(平成12年)

お陰様で昨年 20周年を祝う事ができました

コロナ禍で本当に倒産寸前でした 今までも

幾度も倒産危機はありましたが どうにか

こうにか なんとか耐え続けております

本当に幾度も悩む事がありました

倒産すべきか・・・続けるべきか・・・

・あきらめが肝心

なのか?

・あきめたら負け

なのか?

・負けるが勝ち

なのか?

・負けたら終わり

なのか?

・終わりは始まり

なのか?

本当 結果論です

諺?名言?歌詞?というのは

やめた方が良いのか続けた方が良いのか

どっちもありますし その時々の正解は

わかりません。自分で判断するしかない

と問い続けた20年だったような気がします

今は・・・あきらめが肝心 と

倒産せず、続けてきて良かった

とは、思っています

これからも

あの時 あきらめて倒産しておけば良かった

と 思う事がないことを願ってます(^^;

●起業前のサラリーマン時代の業種、職種

サラリーマンを辞めて起業したのですが

サラリーマンは何をしていたかと申しますと

自動車関連の製造業の会社に勤めておりました

起業した会社はイベント会社ですので 全くの

畑違い業種で起業しました

サラリーマン生活は大学卒業後10年余り

33歳の誕生日の直前に退職し起業しました

サラリーマン時代の会社は 車体架装の自社

メーカーでもあり 自動車、建機の部品製造

会社でもありました

我が親父が建築設計士でしたので 設計関係の

仕事したら 親父も喜ぶかな? と思い

車体架装部門の設計部 希望で入社しました

が 配属されたのは自動車の部品製造部門の

生産管理部(ーv-;

会社全体で 当初150人ほどの企業でしたので

生産管理部 といっても 生産の管理は もちろん

担当の自動車や建機のメーカーへの営業から

購買 製造 経理 運送 管理 何から何まで

しなければなりません

これが 結局 すごく良い経験でしたね

ヒトとの接し方、モノの作り方、カネの流れ方

など全てを勉強させていただいたと思います

●ナカナカ起業できない理由 訳

親父が個人事業主でもあったせいか 子供の頃から

なんとなく「社長になりたい」とは思っていました

だから 中学生くらいから

『いつか やりたい事で儲かる事 見つけて起業しよう』

って思っていました。でも これって結構な確率で

皆さん思ってません(^^?

でも やりたい事なんて ナカナカ見つからず…

まして それで金儲けして生活できるまでの作戦まで

思いつかず… 義務教育が終われば 仕方ないので

“とりあえず” 受かった高校に行き 卒業したら

“とりあえず” 受かった大学に行き 卒業したら

“とりあえず” 受かった会社に勤め・・・

それでも 心のどこかで

『いつか やりたい事で儲かる事 見つけて起業しよう』

結構 皆さん考えてません(^^?

僕も その内の一人でしたよ

でもね・・・

会社に勤め出すと 日々の仕事、生活に追われ

まして 10年も勤めてましたから そこそこ

会社で出世し ある程度のポスト,ポジション

にいて そこそこの給料をもらい

結婚もして子供が二人 3000万35年ローンで

マンションを購入

そりゃね 仕事ですから…良い事ばかりじゃない

です 腹立つ事もあります 辞めたろか!って

思った事も何度もあります。

そして その度に

『いつか やりたい事で儲かる事 見つけて起業しよう』

それが 今か?

やりたい事 見つかったか?

そのやりたい事で儲かる作戦 浮かんだか?

今じゃないよな・・・

やりたい事は そりゃ趣味含めあるけど・・・

それを商売に?それで儲ける作戦?

思いつかんなぁ~(・v・;

それに・・・

仕事の仲間がいて 家族がいて

良く言うと支えられ 悪く言うと流され

辛いだけの毎日じゃなく大部分が楽しい毎日

そんな環境では 起業を真剣に考えられなく

なります。僕が そうでした

起業しよう と真剣に考えるなら 常に起業

する事を頭において アンテナを張り巡らせて

いなければならないと思います。僕のように

毎日楽しければ良い なんて ノウテンキな

生活をしている人間には 結局 起業なんて

夢見てるだけなんですよね

でも

夢は見るものじゃなく 叶えるもの!

なんてね(ーvー;

そんな ノウテンキな生活をしていた僕が

サラリーマン10年目に どうやって起業したか

●起業するきっかけ 脱サラのきっかけ

それは 突然 訪れました

忘れもしません 2000年7月1日

当時 勤めていた会社は毎月1日 全員朝礼を

していました。朝礼では毎回 会長、社長の

トークが各5分ほどあるのですが その時

会長が

「我が社もリストラし早期退職者を募ります」

と発せられたのです。。。他の役員たちも お互い

の顔を見合わせてます(・・?

従業員たちは ザワザワ・・・

そうです。当時その会長は誰にも相談せず 突然

朝礼で そう発表したのです。

会長75歳くらいだったかなぁ~ どうやら

「リストラ」って言葉が流行っていたものですから

なんか こう 「リフレッシュ」くらいの言葉の

意味で従業員たちにカツ入れるために 軽い気持ち

で言ってしまったんじゃないかな?

と 後の交渉等で分かります・・・

後の交渉・・・と言いますのも 当時 僕は実は

会社の労働組合の組合長をしていたんです

朝礼後・・・ヒラの従業員は もちろん 組合員

ではない 課長や部長、役員からも

「お前は聞いていたのか?!」

と責められる始末・・・もちろん何も聞いてません

当時 その会社の経営状態が悪かったか?というと

全くそんなことはありません どちらかというと

絶好調でした。ただ 取引先の自動車メーカーの一部

工場が閉鎖することは決まっていましたが そことの

取引金額は売上ベースで会社全体の5%もないくらい

です。誤差範囲ではないでしょうか?

でも 会長は何を焦ったのか?血迷ったのか?

朝礼で言ってみたかっただけなのか?

確かに世の中では流行ってましたよ、リストラ

でもウチが?今?リストラ?早期退職?

そんな感じでした

これは 僕らでは話にならんか?と 僕は

組合の連合の上層部に連絡しました

連合上層部も そりゃ驚いていましたよ

なんせ 業績優秀な安泰な会社で有名でしたから

すぐ会社への確認と詳細交渉のため連合上層部が

数名来てくました

社長筆頭の会社側と 連合上層部含めた組合側の

確認交渉が はじまっていくのですが・・・

連合上層部も呆れるくらい 無計画な発表

ということが分かったんですよ(^^;

リストラする経営的な数字の根拠や 早期退職を

募る人選、人数、時期 全く用意されてなかった

んですよ

それでも 全員朝礼で発表してしまったからには

やっぱり なかった事に・・・とはならず

連合上層部の指導の元 会社側が不利な条件で

詳細が決まっていきます。

もう 20年以上前のことですので ちょっと

細かいところまで 覚えていませんが・・・

・募集期間は1ケ月間7月31日まで

・退職日は翌月20日 8月20日付

・募集人数 40名で締め切り

・対象年齢,勤務年数,所属部署 縛りナシ

・退職を 促す事 引き留める事 禁止

・通常退職金×4倍 + α上乗せ

・有給休暇残日数 買取

そんな 感じだった と思います

そうです 結論言いますと

このリストラ計画にて

僕は会社を辞める決断をいたしました

まさか 当時の組合長 自らが退職する

とは!(@v@;

結構 みんなを驚かせました

そりゃあ いろいろ 考えました…

退職して起業するにしても

やりたい事すら見つけられていない

子供は未だ小学4年と2年…

マンションのローン 残30年…

仕事も充実、会社の人間関係も良好

何一つ 退職する理由がなかった状況

ですが・・・

決断した理由は 今 辞めないと 一生

辞められない と 思ったからです

このまま 満足はしてるというものの

サラリーマンを続けるのか?

そりゃ 数年後には もっと出世している

可能性も大きい・・・でも・・・

今 辞めなければ

「なんでアノ時 辞めなかったんだろう」

と 自分を責めることが幾度もあるんやろな

と・・・

いくら このままサラリーマンで満足する

人生歩んでも 死を迎える時には きっと

結局 起業しなかった事を後悔するな と 

でも・・・

辞めて起業して失敗したら・・・

なんで アノ時 辞めてしまった やろ?

ん??? 思うか??? それは 思わへん

のとちがうか??? と (・・?

辞めずにサラリーマン続けて100%何回か

なんで辞めなかった!と後悔する人生と

辞めて起業して どうなっても 多分

辞めた事を後悔しないだろう人生と

どちらを選ぶ?

という自分へた問い掛けた結論です

起業する?成功/失敗各5選お薦め業種NO.1

起業する?成功/失敗各5選 お薦め業種NO.2 へ続く

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